私の家族は私だけ

精神的排泄物を吐き出す撒き散らす

愛のあるセックスをするな、死ね

私は愛情を知らない。愛情のないセックスだけ知っている。欲望を吐き出す相手として、人間ではなく肉人形を求めるセックスを知っている。

仕事の帰り道で高校生と思しきカップルとすれ違った。ちらっとしか見なかったが清潔感のある二人だった。

私はもう何年も前に高校を卒業してしまって、この先『学校帰りに』『制服を着て』『清潔感のある二人として』誰かと仲良く道を歩く事など一生ない。

カップルを見た瞬間にそれだけの事実がバーッと頭を巡った。ちらっとしか見なかった、は嘘だ。ちらっとしか見られなかった。泣きわめいてしまいそうだったから。

高校だけじゃない、制服だけじゃない。『(私は異性愛者なので)異性と』『相思相愛の状態に』なることさえ不可能だ。

嘘をつくな。相思相愛だけじゃない。『誰かに』『愛される』ことさえ絶対にない。

 

「概念さんは最近彼氏いたのいつ?」なんて、『相手からすれば』他愛もない質問を突然されて、熱湯どころか熱した油を浴びせられたようにうろたえ戸惑い、しかしその感情を決して顔には出さないように取り繕いながら「あー…1年前くらいですね」と引きつった笑顔を懸命に浮かべるのはもう嫌だ。

正直に「いたことがない」と答えるのも厳密には『正直』とは言い難い。正直に、と言うならば「彼氏はいたことないですが性欲と偽物の愛情に飢えて出会い系サイトで男性、といっても自分より20歳以上年上で世間的に見ても容姿が整ってはいないなという感じで会話もいまいち成り立たなかったりする男性に肉人形として穴だけ使ってもらったことはありますね」と答えるべきだ。でも、当然出来ない。

 

私が20歳のとき、出会い系で会った44歳の男に付き合ってと頼んだが断られた。

待ち合わせた場所から男の車に乗って、男の自宅に行った。男の家はタバコと生活臭と古い建物のにおいが混じった嫌な臭いがした。男はセックスの前に足を嗅がせてと言った。足を嗅いで方言交じりの言葉で「あまり臭いがしない。俺が鼻炎だからかな。物足りないな」と言いながらセックスに移った。

私はこのとき新卒で会社に入ったばかりだった。会社はいわゆるブラックで、何時間多く働いても給料が増えなかった。仕事内容も悪かった。今思えばその会社の私のいた部署は法律ギリギリのところで金を稼ごうとする商売をしていた。家では母と同居していた。母は頭も感覚も鈍く、いちいち私を苛々させた。それらのストレスから逃れようと選んだ道がセックスだった。

久々のセックスは快感だった。家の汚さと臭いも、男が黒と金の混じった長髪という私の嫌いな髪型をしていることも全て忘れてしまった。

セックスの途中で不安になる。このまま誰にも愛されずセックスの回数が増えていくのは怖い。本当はやめようと思っていたのに。また繰り返してしまった。

この人と付き合ってしまえば、『彼氏ができた』という事実ができてしまえば、少しは『まともな経験』になるかもしれない。

訳が分からなくなる。何も見えなくなる。気持ちいいと言いながらついでのように叫んだ。「ねえ、付き合お?」「えっ?」男が聞き返す。「私の彼氏になって…」私が繰り返す。「彼氏って言っても…」

方言交じりの口調で戸惑いながら断る男の態度に、私の意識がすうーっと冷めていった。24歳上の男に、こんな汚い髪色で顔も別に良くない、むしろシワと浅黒さが目立つ分実年齢より老けて見える男に、老けて見える癖に服装はやんちゃなガキみたいなこの男に、セックスしながら頼んでも交際を断られるような肉の塊がある、それが他でもない自分自身なのだと思い知らされた。

 

どうか世の中のセックスは全て愛などなくただの欲望の上に行われてほしい。相手に触れるその手に優しさや敬愛、慈しみの念など一つもあって欲しくはない。終わったあとに相手をよりいっそう愛おしく思うとか、大切にしたいと思うとか、そんな感情は一切抱いて欲しくはない。互いの本名も人となりも知らずただ棒と穴としての役目だけで散り散りになって二度と会うことも思い出す事もない間柄であってほしい。

私の経験したことのない、そしてこれからも生涯経験しない『愛情のあるセックス』なんてこの世に一つも存在しないでほしい。

 

カップルとすれ違う度、というより一定以上の年齢の男女二人連れとすれ違う度に思う。この人たちは愛情のあるセックスをしているのだろうなと。

初めてはお互いを思いやるように、相手の動き方や表情をいちいち気にして、思考や感情を通い合わせるように。

セックスだけじゃない、むしろセックス以上に多くの時間を一緒に過ごして徐々に互いのことを知って行って考え方、好き嫌い、口癖まで覚えるほどに……

セックスなんて関係ない、愛情が羨ましい。互いを人間と認めあって尊重し合える相手がいる事。私が肉親とすら叶えられなかったことだ。

羨ましい。憎い。悔しい。でも私が誰かなら、私と愛情を結ぼうとは思わない。醜い外見、歪んだ性格。

今嫉妬羨望と共にコンピューターのキーボードを叩きながらその左右差の著しい目に汚い涙を浮かべ、手元もおぼつかなくなり、鼻からはもっと汚い粘液がこぼれようとしながらも荒い呼吸に合わせ出たり引っ込んだりしている醜い化物とは。

 

カップルを見るだけで冗談ではなく体調が悪くなる私は病気なのだろうか、と思うこともあるけれども病気ではない。この世では病気かどうかは医者が決める。

20歳の時に「このままだと母親を殺してしまうかもしれないんです、治療して下さい」と駆け込んだ心療内科で「考えすぎですね」と軽い返答で薬もなく次の通院日も何も言われず追い払われた私は病気ではない。医者がそう言った。

苦しくて本当にどうしようもなくて、死んでしまおうとして毎日死に方を考えてそれでもやっぱり死ねなくて、完全に地に伏した心を懸命に起こして「もう一度『生きる』ことにしてみよう」と奮い立たせてやっと角度が1度、ほんの1度だけ起き上がった心を連れて行った心療内科で医者がそう言った……

 

性欲と偽物の愛情とを満たすためのセックスはもうやめた。今年2月でやめた。もう一生やめようと思う。

本当はタイトルの愛のあるセックスをするな、死ねは世の中の人ではなく私の両親にだけ届けばいいと思う。私が生み出される10か月くらい前の両親に。

死ね、お前らさえ死んでおけば私は生まれなくて済んだんだ。

 

<終>